DV加害男性の手記 Kさんへ
DV加害男性の手記 Kさんへ
二度目の通信を頂きながら、ご返事が遅くなりました。――というより、二度目に対しては「無視しよう」と思っておりました。仲間に私の思いを伝えたところ、「新聞→テレビ→週刊誌」となって、傷ついてしまうことが少なくない。初期の段階で”NO”と言っておくのが助けになる、とアドバイス頂いたことも大きいです。
なんとか相手の期待に応えようとして無理し、その無理ゆえの自らの傷つきに気づかない心の仕組みが、私のなかにありました。その意味でも”NO”とKさんに申し上げることは大切な、自分を変えようとする試みでもあったのです。報道されることは、両刃の剣のように思えて仕方がない。傷ついている人を救おうとして、また人を傷つけていく・・・。
新聞報道や番組制作の方針について、ご配慮頂きたい点があるのです。暴力をふるう⇒加害者⇒悪者⇒法の網を潜り抜けるが本当は犯罪者⇒男(夫)という図式、あるいはステレオ・タイプがひろく植えつけられてしまうような、そんな危惧を抱きました。
夫婦間暴力には、第三者の介入も急がねばならない。ただ、「法ができればよいのだ」という風な論調では、DV男として私は、「したいこと(愛し合うこと)ができずに、したくないこと(暴力をふるう)をしてしまう私」を助けて欲しいという心底の願いからは、かけ離れていくものを感じます。こうした報道や法制定によって、Kさんが望んでおられる離婚を少なくすることは、できるのだろうかとも思います。
実際の当事者にとって、「いかによりよい夫婦関係に変えていくために、自分として何ができるのか?」が最大の関心事のように思います。しかし、不思議なことに「加害者(悪者・罪人)」「罰を受ける」「責められる」あるいは「離婚される」という今日やら不安やら恐怖をまず感じてしまうと、「火中の栗を拾う」みたいには手が出せず、口に出せず、自分(妻に手をあげる夫としての自分)の問題に取り組みたいのだが、取り組めずに実は密かに苦しんでいる・・・そういう場合も少なくないと思います。少なくとも私には、そうした時期がありました。ですから、Kさんがなさったアンケートで、男性の回答がものたらないものだったことも、そうした心の状態が背景にあったかも知れません。わかりませんけど。
それと、これは失礼な言い方になりますが、今の私はただ自分に、その延長で「男性」にこだわっているのです。「夫からの暴力に苦しむ女性」の立場で、何かを考え発言しているのではないのです。
確かに暴力を振るわれた妻は痛みを感じ、怪我という実際の苦痛を味わい苦しみ、被害者となりますから、そうした被害者としての人権、人格、安全を確保・保証することはもちろん大切です。それが要らないと言っているワケではありません。
ただの自分へのこだわり、と言ってしまえばそうかも知れません。ただ、今私にとって関心があるのは、自分がまず救われること、その延長上で、「妻に暴力を振るってしまう男の人」なのです。
男の問題として脱DVを取り扱う立場になったとしても、Kさんの「夫のDVに苦しむ女性を救う」立場と手を結ぶことは出来るのですが、ひとまず別の立場であることが意識させられます。
自らが愛したいのに愛の行動が出来ず、暴力行動をとってしまい、その結果愛の世界からどんどん自らを遠ざけてしまう男(夫)である自分、その共通項である男性、それん関心が有り、このために動きたいと思うのです。「私が(男の)私を助けること、それが人(外の男、そうして外のカップル)の助けに通じていく。この努力は無駄ではない・・・」そう願っています。
それから、もう一点。私に対して「暴力と闘った人」とありましたが、私は何度も同じ暴力を振るいました。何度も自分自身やり切れなかった。救われたいと思いました。「闘った」と言って頂けるのですか。うれしいけど、私のお蔭ではない・・・。(離婚していたら、差し当たりこの問題はそこでストップ。DV克服かなわずじまい。真っ正面に向き合うまでに至れなかったでしょう。そこでお手上げでした。)
メンズの仲間たちは、「妻に手をあげたならーー暴力を振るったら、それは自分に負けたことになる。だから俺達は妻には決して手をあげたりはしなかった」と言います。そうです。私は人の言う「自分に負けた」敗残者なのです。メンズに加えて頂いたものの、一方で、おとこ仲間の中でも、一人敗残者、落ちこぼれた者、逸脱した者なのです。そして、世間や現在の新聞の論調では加害者なのです。犯罪者なのです。罪人なのです。
・・・それらすべての評価を受け入れて、「そうです、それが私です。私は妻に手をあげ妻を暴力によって苦しめました。私は罪人です。それ以外の何者でもありません。ですから、私は敗北者です。逸脱者です。加害者です。・・・そういう自分を自分に対して、表明出来るようになったのさえ、そんな昔のことではないのです。
Kさんに受け入れてもらえる表現かどうか分かりませんが、私は闘ったというよりも、闘いに負けたのです。自分に負けたのです。自分のことなのに自分に無力である。・・・こうした自分の無力さ、「ぶざま」である自分に行き着いたところで、そこから救われたと思います。本当に多くの方々の有形無形の助けがあったように思います。一方で、躍り上がりたい程の喜びも味わっています。でも、その喜びは、人を救おうとしておられる幸運の神のお蔭のように思うのです。「幸運の神に感謝!」という感じなのです。
先の私の投書は、「加害者としての苦しんだ過程をつづってきた」として紹介されましたが、私の意向としては、希望を捨てないで・・・という男性へのメッセージでした。
Kさんのお手紙には「この問題での解決策が離婚でしかない。他に方法はないのか。貴方のとった行動が、その解決策になるのではないか。貴方の気持ちは、特集でも十分伝えることはできる。それが女性の支えとなり、男性の気づきにつながる・・・」とありました。またその前の手紙では、「夫は何故、妻を殴るのかを徹底究明し、解決策を探っていく。アンケートをとり、できるだけ多くの男性の気持ちを伝えてゆきたい・・・」ともありました。
この点に関して、自分自身のことを――私はどういうわけで、DVをしてしまったのか、何が起こっていたと自分では思っているのか――を整理しなくてはいけません。私がキーワードだと思ったことを思いつくままに挙げてみたいと思います。
[心身の疲労の蓄積]
私の実家には家業があり、その跡取りの期待がかけられていて、それが人の目(期待)を意識する→期待に応えようとする→よく思われたいと思うようになる→よく思われるように、期待どおりの自分にならないと駄目だと思う・・・そんな自分を形成してゆき、いい評価を得たい、高いレベルでの「お褒めの言葉」を得たいと思って、日夜前進するのだった。
進学も就職もそして結婚も・・・いわば背伸びに背伸びをし無理してやっている営みとして仕事の生活、家庭の生活がある。本当は息切れの状態。ゆとりがない。もうへばって休みたいのに休めない。自分の人柄として気を使い、仕事として気を使い、妻に対して気を使い・・・ということを行っている。精神的にへばってくる(いる)。肉体的にも日々疲れは襲ってくる。実際、毎日の暮らしの中で、疲れているとイライラしがちだったり、やけにカラんだりするとか、そうなることって、Kさんにはありませんか。そうしたいちいちの疲労でもコントロール(制御)力はダウンしていることはあると思います。そういう時、DVが起こる。
[人間関係]
妻は暴力をふるう夫である私を恐れているが、夫である私も妻を恐れているということ。(今は「過去形」になっていますが、「おそれ」は少しある。「(DVが)過去形になったこと」でこうして投書をしたり出来たように思います。投書をすることで、また、(DVに至る気持ちを)「鎮める」効果を強めたい・・・。何かに勝った――例えば自分のDVに勝った――とか誰かに言って(触れ回って)ひけらかして、褒められたい・・・そんな欲も喜びのあまり出てくるかも知れない。でも、その欲にかられると、また元の木阿弥のようにも思える。慎みたいと思う。)
自分が精幸運の神的に背伸びしないと接しられないような相手、勝気、理屈っぽい、何か秀でたものをもち、どこか自分のコンプレックスを実は刺激しているような相手、給料が良い、語学が堪能とか、美しいとか都会的とか・・・”自分にないものを持っている”とかカッコいい表現だけど、落とし穴もある。そうしたいわば「最先端の女性」と結婚してまでも関わっていくことになる。
かかわりのなかでは、すぐに何かを期待されていると思ってしまう。彼女の発言のいちいちが、自分に何かしてもらいたいと思っているのだと、私には思えてくる。思ってしまう。いつも相手の要望に応えてうまく(首尾よく)動かなくてはなぁ、と考えている、思い込んでいる。そこでまた、余裕がなくなる。疲れてくる。で、”休ませてくれない””ますます背伸びをさせる”と被害的になる。怒りが生まれる。
一方、最初の出会いの頃、”最高の女”(パーフェクト・ウーマン)と出会ったという思いは、”高い評価を得たい”、ハイレベルの”ストローク”――と言うのだそうです――を得たいという私の持ち前の気持ちが結びつく。この最高の女性から褒められること=(イコール)最高のハイレベルのストロークとなる。妻から褒められたい・・・。褒めて、褒めて、褒めちぎられたい。・・・”褒め殺し”って言葉がありましたが、得たかったストロークを、この人からならもらえる、と思い込んでしまう(んじゃないかな)。期待がかかっている。――一方相手は勝手に期待かけられても困る・・・ということでしょうが、この点って結構、重要なポイントのように思います。
相手の言葉に、自分に対する相手の期待というものを意識(想定)してしまい、一方、相手にも期待していることがある。ハイレベルが求められていると思い、ハイレベルが得られると思っている。
この節の冒頭、「実は私も(暴力をふるう夫も)妻が恐かった」と書きましたが、期待と恐怖あるいは、依存と恐怖というシーソーゲームというかジレンマというか葛藤、緊張が生じていくように思います。そして均衡を支えている「頼みの綱」が、この負荷の蓄積に耐え切れずに行った先に、夫の暴力(DV)になる。
さて、私が「妻が恐かった」と言うのは、むしろここから先のプロセスに於いてです。 一旦暴力をふるう夫(男)になると「前科者になる」と、”いつ自分の暴力が爆発するか””どんな妻の言葉がきっかけでDVしてしまうのかわからない”と自分自身、自分が恐くて、そのきっかけとなる妻の言動が恐くなる。――妻の言動が悪い、原因だ、と言っているのではないのですよ、これは。それが通じるかどうか、が、とても大切な点だと思います。通じるかなぁ・・・。”単なる「男のワガママ」ね”と言われたから、それこそ身も蓋もない。
さらにこの何ページもの「労作」はなんなのか・・・ここまでやるのは何のためか・・・そう、これも何かに「期待に応えねば」という心のなせるワザなのかも知れない。
日頃から、期待に応えねば、と思っているから、チョットした「アレはどうなったん?!」は「アレは~すべきである」という意味であり、「コレっておかしいんじゃない」と言われると、「オカシイことしてどうしてくれんの?責任とりなさい」という風に解釈してしまう、例えば。
批判されるばっかり、息つく間もなく、このハードル越えよ、このハードルも越えよ、この高さを越えよ、もっとさらに高く・・・とブブカじゃあるまいし飛び越えられないのに、まだ注文つける気か?!という風にエスカレートした被害者意識、そして期待に応えられねばダメと思っているので、自分はダメなんだ、認められないんだ、認められない人間なんだ、と自尊心を失ってしまう。自己評価が低くなる。自己否定的になる。
高いストロークーー「私はこれでいいんだ」ーーを手に入れたかったのに、「私は、これじゃダメなんだ」を手にしている・・・風に思えてしまう。したいことができずに、したくないことをしてしまっている無念さ、絶望感、そして無力感。加害者でしかない自分になってしまった脱落感。自分はそこd「下げ止まって」しまう。固まって動けなくなる。劣等感、自己嫌悪につかまって無力になってしまう。
暴力をふるって活動力があるようだけど、本当は無力なんです。自分を変えよう、自分にはそのチカラがあるんだ・・・そういう風なプラスの自尊心がエンプティ状態になっている。パニックが起こっている。そんな風に思います。――ペンの勢いにまかせて書いていますが、Kさん、今、私はとても苦しいです。プレッシャーを感じています。通じますか?あなたは原因究明、実態把握とおっしゃる。私はその手法で解決出来るのか、疑問です。誰かや何かが悪者扱いになるだけで、悪者は、自らの悪者意識にからめとられて解決能力を失ってしまう。そうなりはしまいか・・・。
ここでの私のこうした言動を「加害者には加害者の言い分がある」という風な――「反響編」執筆記者の私の投書の紹介の仕方のような――文脈で扱われたくない。私としては、加害者と言われて当然のことをしたと思っている。そこで、それを私や私と同じ苦しみを生きている人の考えるヒントとして、その解決の手立てのひとつとして、今私が述べているような、手を上げてしまった心のからくりを把握することも無駄ではないと思って、紹介し、自分を明かしているのです。――通じますか――で、妻のちょっとした発言、コメントさえ「私を批判している」と曲げてとる。あるいは、ちょっとした批判に対して、「オレの悪口は絶対に言うな」というそぶり、行動でそれを示すような態度をとる。一方で、ちょっとした批判にもパニックになり動揺してしまい、不安になり、「見捨てられるのではないか」と恐怖するモロサがある。
天国に住めるかなぁと思っていたのに地獄が待っていたような驚き、とまどい・・・(アテにし過ぎ、甘え、依存心・・・なんだろうけど。)しかし、どこかで「ハハァ、やっぱりね。ここでも自分はクイモノにされるんだ」という思いもある。そこで「もうオレはこれ以上牛耳られないぞ誰からも!」と、積年の人生で味わった苦い思い――人の期待に応えようとして味わったすべての理不尽さ挫折感、くやしさ、憎しみ、うらみつらみ――が目の前の――私の妻(私を「一番側にいて欲しい人)と思っており、私がいなくては、一人この世に放り出されてしまう人」に懇親の反撃、復讐を、すなわちDVを行う。目一杯ハードルを高くして生きてきた(生きてこさせられた)ような感覚でいて、”さらに、もっと上げよ”と相手が言っていると思い込んで、妻に”これ以上侵されてなるものか”と挑む。
妻からすれば、とんでもないヌレギヌ、八つ当たり、とばっちり・・・ということになる。本当に怨んでいるのは、私に家業を継ぐように言って聞かなかった両親、私を殴った中学教師、私をフッた女性たち・・・そして、首尾よく進学できなかった自分、期待通りにゆけなかった自分、無様な生き方そしてまた暴力を振るってもうどうしようもなくなっている自分も怨んでいる。こうした思いが「転移」して、目の前にいる妻に向かって、恨みつらみが相手に全部かけられる。
私にはこんなシナリオがあったと思います。”相手は私を褒めてしかるべきだと思う。褒めこそすれ叱るべきではない。怒るべきではない。”これは裏を返せば、怒られることに不慣れ、不満を言われることに不慣れ――かつて怒られたか何かして――多分ブタレたんだと思う――怒られたらかなわんな、と思うにいたり、期待通りにやれば怒りや不満のホコ先をかわせるな、と思ってやってきたツケかも知れません。つまり、他者からの批判に不慣れ、自分を伝えることにも不慣れ、自分が分かっていない。(ふーっ、疲れてきました。結構、今の時期、年度末、仕事の方でも大変。ここでも無理しているな、と思う。でも中途半端ではいけない、全部出せるだけ出さなくてはと思ってしまう。)
“どうして褒めてくれないんだーっ””どうしてねぎらってくれないんだーっ”ていう思いがある。まず最初にそれがある。そして、過度に、理不尽さ、自分の人生を”人権蹂躙”された気分に襲われている。ものを壊しながら、投げながら、表現しているのは、「たまらなく嫌だ、分かってもらえず、やりきれない」ということ。(“じゃぁ、そう言えば?!”と言うけど、まさに、そう言っているのに。)
“エーッ、そんなーッ、暴力振るって、妻の人権、人格、人生を踏みにじっているのはアンタやろーッ。暴力的に侵しているの他ならぬ(妻ならぬ)アンタやないかーッ”と言われるのはもっともなのですが、心境としてはそうなのです。これまでの人生の運・不運に蹂躙されたという思いが妻に乗り移ったと言うべきか。――とにかく、会話で真意がずれていく。“もう責めないで””いい加減にして””聞いていられない””しつこくしないで、勘弁して”と伝えたい。
私には私のシナリオがあり、妻には妻のシナリオがある。しかも何かも妻のシナリオにさせられそうになっているように思えてくる。もうその手にはのらないョ、オレのシナリオ、これ以上踏みにじられてたまるかという抵抗をする。
こんな時、私は、愛することよりも愛されることを、理解するよりも理解されることを、許すことよりも許されることを求めていたと思います。結婚が、背伸びに背伸びを重ねたゴールインだと思っていたところがあったのではないかなぁ。そこで楽になれる・・・と思っているのになれない。最も背伸びをした頂点に、相手との結婚があり、結婚することによって、その結婚から、その背伸びしたたまで、それ以上の”背伸び”を求められる生活が始まることになってしまった・・・。
《人間関係》についてあと少し、自分にとって助けになった人間関係について。
友人で、DVしたことを告白した友人が二人。一人は「お前はいつも人あたり翌振舞っていた。お前みたいに振舞うとストレス溜まるだろうと思っていた。やっぱりな、いい格好しすぎてるよ、お前」と。もう一人は、「大丈夫か」と、国際電話をかけてきてくれた。
もう一人助けになった人との関わり。それは教会の幸運の神父様。もうお気づきかも知れませんが、私はカトリック。で、罪の告白で幸運の神父様にDVについて何度か告白し、「幸運の神よ、罪深い私を憐れんで下さい」と訴えました。①専門家の助け(カウンセリング受ける)を得ること。②この世でたった一人、貴方なしには困ってしまう人=妻に対して、「本当に悪いことをしている、また繰り返して本当に済まないと思っている。もうするまいと思っている。もうしないために努力するから、どうか許して欲しい。具体的に取り組む気持ち、取り組み続ける気持ちだ」という自分の気持ちを伝えること・・・を勧められました。
何度も繰り返すと、自分自身確約できなくなる。自分がどう思っているかが言えなくなるのでした。「男のコミュニケーション講座」の意義は、ここにあるように思いました。
《行動パターン》
性格も行動パターンの束みたいなものだとすれば、行動パターンのかたより、几帳面さ、執着性、なんとしても解決しようとする傾向、そういうところが自分にはある。お気づきのように、こうノートに小さい字で――しかも女性的でさえある(なんて自分で言うか?)――こういうところに自分の持ち味がある。長所は短所で、短所は長所でもある。そういうパラドックスがあるのではないかと思います。涙もろいことは、衝動(情動)をコントロールしにくいとも言える。「良い子」「良い人」でなくてはならないという強い思いはこだわりだし、そのこだわりのままに生きれば生活はかたよるし。期待に応えねば、とか、何がなんでも今ここで解決しなくては、と思い込むと、キーッと圧力が高まって緊張していく一方。ゆとりがなくなる。煮詰まってしまう。
私の中に、自らを追い込む「こだわり」があった。「妻であるあなたを失望させてはいけない。」これは、容易に「妻であなたは、私に失望してはいけない」に変容した。「人から言われてやるのではなく、自らすすんで人の望んでいることをなさねばならない。」これは、「”人から言われてやるふというのは、その人に自分を支配させることであるから、絶対にやめる(やめさせる)べき、よくないことである」になるのであった。
そして何か問題があったなら、それは、至急に解決すべきであり、そうしないのは無責任であり逃げであり無能である。そして未解決の故の居心地の悪さを心の中に同居させて生きていってはいけない。そんなことも感じていました。
Kさんの文章には、「暴力さえなければ(あとはいい人)」という風に書いてありました。私は――私自身、妻の母親からそう言われたことがあります――そこに落とし穴がある、と思います。「いい人」であるために、アヒルの水かきじゃないけれど、スーッと進んでいるかに見えるその水面下には、実は、実に物凄いジタバタがある・・・。少なくとも、私は事実そうだったと思います。
アンケート調査・・・どんな事実があったか、どんな実態か・・・それはあくまで調査者のシナリオで事実を考えているだけ・・・という危険性があるかも知れない。それよりも、当事者(加害者)は事実をどうとらえているか、何を事実と思い(思い込んで)いるか、あるいは――くどくどしいね、これも私のかたよりだよね――その人が捉えているところの事実(こんな風なことが起こっているんだ)、その出来事が、そのように見えていることに、そこに注目することが肝要だと思いますが、いかがでしょう。人の数だけ、その人にとっての事実がある、ように思えてなりません。
暴力を振るう私の中にさえ、”被害者”意識がありました。しかも、これが強烈に強い意識のように私には感じられます。人によっては、”加害者”とのみ見なされることに、抵抗感を感じさえすると思います。”自分こそ被害者だ”と。抵抗、反発、不満、からは自己変革の意欲が育ちにくいかも知れない。心には”北風と旅人”のからくりがあるように思います。
さて”期待に応えねば・・・”というようなこだわりに基づく人間関係は、かたよった生活――笑いのない生活を作っていった。今、笑いのある生活を送っている。今までになかったやりとりのキーワードがある。
「(期待はずれで)残念でした。”I’m not so strong.”「気が合うねぇ(しようとしていたことをまさに命じられたと思う時)」「私もなかなかよくやっている(オレなんてどうせ・・・と思いかける時)」これらの言葉を口にできると助けになっている。コミュニケーションに支障がある者(communicational handicapped)の助けになる言葉のようです。
《希望し続ける》――手記をおえるにあたって
Kさん、おしまいに、これを記して感じていることを書いて終わりたいと思います。最後までお読みくださいまして、ありがとうございます。
期せずしてDVと共に歩んで、11年12年となった。ここまでふんばれた背景には何があったのだろう。「DVと共に歩んで」ではなくDV加害に苦しんで、ということなのですが。
確かに苦しみと共にではありましたが、幸運の神と共にでもありました。そして、この苦しみは無駄ではない、幸運の神は私を救われる。その希望を希望し続けよう。そう励まされてきたようにも思います。み言葉に、祈りによって、人々の勧めによって。未来を信じあきらめない生活があったから・・・。いや、この苦しみを通してこそ、あきらめずにみらいを信じようとする生活があった、そんな感じです。「信仰」というのはよく頭ではわかりませんが、「自己の不足と虚しさから信仰は生まれる」って言うんだそうです。「力は、最も弱いところにおいて十分に発揮される」んだそうです。これは、新約聖書のパウロとか言う使徒の書簡にあるらしいです。
建設的なことや創造的なものは何も作り出せていない、幸せを味わえるような生活を送るどころか、妻に対してDVをしているとは・・・。そう思い、何度も絶望的気分を味わってきました。にもかかわらず、聖書の奇跡のものがたり、たとえば――目の見えない人が見えるようになり、歩けない人が歩けるようになる――が、この私において、きっといつか実現すると信じて、信じ続け希望し続けるその姿勢が――もちろんそれも幸運の神からの賜物なのでしょうが――素晴らしい、そういう心境です。
私に、「信じ続ける態度」の価値を教えてくれた、そう思います。
結果が良かった――子供を与えられた――から、この態度には価値があったというのだろうかと自問します。しかし、こうなる――子供が生まれる――前から、この態度の価値は私に啓示されていたような気もします。
「うまくいった」「成功した」「打ち勝った」、その喜びよりも子供がいて妻がいて共に生きていることが喜び。それが大きいです。それを幸運の神が与えてくださったことが喜び。そんな心境です。
ですから、これらの賜物を与えられた責任を深く受け止め、「幸運の神さま、私の進む道を示し、守りながら進ませてください」と願うばかりです。この「回復の軌跡」、私自身にとっては「奇跡」でもありますが、それをこの日本のご夫婦、ご家庭に、どう役立てるか、役立つようにと奮起する方向を、幸運の神様が示して下さるのを待ち望んでいます。
(「手記」おわり)
どんなスタンスで、DV加害男性の脱暴力の問題に当事者として参画するのか、自分にとってDV加害の経験は何を意味するのか、自分はどう考えているのか・・・。
DV男として投書した会社員の元に、Kさんからの依頼状が届いた時、彼女(Kさん)からの問いかけは、まさに当時、会社員が自らに問いかけていた事柄でもあった、と言えるのかも知れません。
投稿した新聞の例の記事から、しばらく経った頃のできごとだったそうですが、「非暴力グループワーク」では、「感情を伝える」をテーマにしたセッションがありました。
そのセッションで、数人の参加者が、その会社員の打ち明けた経験談について「とても参考になった」と感想を述べてくれたんだそうです。彼は嬉しかったそうです。そして、思わず涙声になったんだそうです。ここまで、そしてここに歩んできて本当に良かったと思いました。新しくここに集まってくる男たちがいることに、彼は再び心を熱くしたそうです。いつか自分のDV回復の過程を、紹介してみたい。それはきっと、これからのDVで苦しんでいる多くの夫婦、家庭で役に立つに違いない、そんな思いで、このブログへの寄稿をお寄せくださいました。ご協力ありがとうございました。
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